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 ハナショウブにおける青色花の育種戦略

                       藪谷 勤


1 はじめに
 ハナショウブはノハナショウブが改良されたものであり、その花色は紫を基本にして、青、赤、白などの方向に変化が拡がり、絞り、編み目、覆輪、濃炎および無地といった模様も多様である。
 このような多様性にもかかわらず、本種の花色には青、赤、黄、マゼンタ、オレンジなどを欠いており、一層の多彩化が望まれている。
 ハナショウブの花色素としてはフラボノイド系色素のアントシアニンとフラボン、キサントン系色素およびカロチノイド系色素が知られているが、これらの中でアントシアニンが最も主要な色素である。そこで、我々の研究室では本種の花色の多彩化育種を促進するために、花弁(外花被)含有アントシアニンに関する高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を行ない、その新たな変異の発見に努めている。
 第一表は、ハナショウブの花弁においてこれまでに同定されているアントシアニンの種類を示したものである。本種ではアントシアニンとしてマルビジン、ペチュニジン、デルフィニジン、ペオニジンおよびシアニジンの五種類が存在し、またアントシアニジンとして十一種類が認められている(第一表)。第二表に、ハナショウブにおいてこれまでに発見されている十一種類の主要アントシアニン成分の型を示した。これらの主要アントシアニンの内、デルフィニジン3RGac5Gは青色花、シアニジン3RGac5Gは赤色花およびペオニジン3RGac5Gはマゼンタ(紫赤)花を育種するのに貴重な遺伝資源となるものであるが、本稿ではデルフィニジン3RGac5Gによる青色花の育種戦略について述べたい。

2 アントシアニンによる花色の変異

 アントシアニンは、フラボンやフラボノールなどとのコピグメンテーション、金属イオンとの錯体および花弁表皮細胞のpHにより花色に変異をもたらすことがよく知られている。ハナショウブでも主要アントシアニンの型が同じであるにもかかわらず、花色には品種間変異が存在している。
 例えばマルビジン3RGac5G-ペチュニジン3RGac5G型の品種間では、赤紫、紫および青紫などの花色の変異が認められる。ハナショウブにおける花色変異の原因を解明するために、まず花弁表皮細胞のpHを調べたが、本種では細胞のpHと花色の間に特定の関係は見出されなかった。 また、ハナショウブを含むアヤメ属植物では、これまでのところアントシアニンが金属錯体として存在するという報告はない。そこでコピグメンテーションが花色変異に関与しているか否かを調べるために、ハナショウブの吸光度の測定やフラボンHPLC分析を行なった。その結果、マルビジン3Rい丙Gac5G-ペチュニジン3RGac5G型の品種では、同じアントシアニン型に属するにもかかわらず、フラボン量と花弁のλmax(可視)は赤紫<紫<青紫の品種の順に高くなり、しかもフラボン量と花弁のλmaxとの間には有意な正の相関(r=0.887**)が認められた。
 この結果は、品種のフラボン量が多くなるほど花弁のλmaxが長波長側ヘシフトすること、すなわち花色の青味の程度が強くなるというコピグメンテーションの存存在を強く示唆している。
  一方、デルフィニジン3RGac5G型品種『千歳姫(第一図)』は青色発現の鍵となるアントシアニン(デルフィニジン3RGac5G)を主要色素として有するにもかかわらず、マルビジン3RGac5G-ペチュニジン3RGac5G型の青紫品種(例えば、『水天一色(第二図)』)と比較して青色化の程度が弱い。このように『千歳姫』が青色化を強く発見できなかった主な原因として、フラボン量が低いために強いコピグメント効果を生じなかったことが既に指摘されている。そこで、我々はハナショウブの主要アントシアニンであるマルビジン3RGac5G、ペチュニジン3RGac5G、およびデルフィニジン3RGac5Gと主要フラボンである
イソビテキシンの各結晶を用いて、in vitroでのコピグメンテーションの実証を試みた。 その結果、マルビジン3RGac5G、ペチュニジン3RGac5Gおよびデルフィニジン3RGac5Gのいずれの溶液もイソビテキシンの濃度を高めていくと、各溶液のλmaxは明らかに長波長側にシフトしていくのが認められた。このことは、これらのアントシアニンがイソビテキシンとの間にコピグメント効果を有することを実証するものである。
 イソビテキシンとシアニジンゼージグルコシドとのコピグメンテーションは既に報告されているが(Asen et al.1972)、しかしイソビテキシンとマルビジン3RGac5G、ペチュニジン3RGac5Gおよびデルフィニジン3RGac5Gとのコピグメント効果を明らかにしたのは我々の研究が最初である。
 次に、第3図に示したようにマルビジン3RGac5G-ペチュニジン3RGac5Gの混合溶液の吸収スペクトルは、マルビジン3RGac5G-ペチュニジン3RGac5G型の青紫品種『水天一色』、『碧海』および『夜光の珠』の新鮮花弁における吸収スペクトルとよく類似していた、以上のことから、これらの品種における花弁の青色化は主としてマルビジン3RGac5Gおよびペチュニジン3RGac5Gとイソビテキシンのコピグメンテーションによるものと結論づけられる。
 
3 青色花の育種戦略
 第3表は、マルビジン3RGac5G8、ペチュニジン3RGac5Gおよびデルフィニジン3RGac5Gとイソビテキシンのコピグメント効果(△λmax)を示したものである。この表は、λmaxおよび△λmaxともマルビジン3RGac5Gおよびペチュニジン3RGac5Gよりもデルフィニジン3RGac5Gとイソビテキシンのコピグメント効果が幾分高いことを示している。従って、このことはハナショウブにおいてデルフィニジン3RGac5Gとイソビテキシンのコピグメンテーションによって、より青い花の作出が可能なことを指摘している。このような指摘は、ダッチアイリスにおけるAsenら(1970)の報告からも支持される。 第3表に示したように、各アントシアニンがコピグメンテーションを発見するのに要するイソビテキシンの濃度は、マルビジン3RGac5Gが0.2mMおよび0.6mMであったが、一方デルフィニジン3RGac5Gでは1.0mMであった。このように、デルフィニジン3RGac5Gとイソビテキシンによるコンピグメンテーションの発現には、マルビジン3RGac5Gやペチュニジン3RGac5Gよりも比較的高い濃度のイソビテキシンが必要であった。このことは、デルフィニジン3RGac5Gとイソビテキシンのコピグメンテーションによる青色花の育有量をいかに高めていくかが鍵となっていることを指摘している。また、ハナショウブ花弁のフラボンとして、イソビテキシン以外にもビテキシおよびオリエンティンなど9種類が同定されている(Iwasahina etal.1996)。従って、どのフラボンがデルフィニジン3RGac5Gと最も高いコンピグメント効果を有するのかを明らかにしていくことも、ハナショウブに青色の品種を育成する上で重要である。

4 コピグメンテーションによるアントシアニンの安定化
 花色の青色化の他に、コピグメンテーションにはアントシアニンの安定化という重要な働きがある。アントシアニンは弱酸性から中性(pH3〜7)の水溶液中では不安定で、容易に水と反応して無色のプソイド塩基になる。これに対して、コピグメンテーションすなわちアントシアニンとフラボンの分子間会合(芳香環同士の疎水結合)によりアントシアニン分子への水の反応が妨げられ、アントシアニンの安定化をもたらすことが報告されている(Goto AND Kondo 1991)。我々も、ハナショウブの主要アントシアニンの安定性に関して研究を進めており、最近マルビジン3RGac5Gおよびペチュニジン3RGac5Gの両アントシアニンの安定化には、アシル化に関係なくコピグメンテーションが関与していることを明らかにした。このようなアントシアニンの安定性に関する研究は、ハナショウブの鮮やかな花色を少しでも長く退色させないために有用な知見をもたらすであろう。

参考文献  <略>