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 「花菖蒲」と漢字で書くことの意味
                
                
静岡県掛川市 永田 敏弘 

1975年に冨野先生が著したNHK
「趣味の園芸作業12ヶ月シリーズ ハナショウブ」
「人気品種と育て方「ハナショウブ(花菖蒲)」
タイトルの下に「花菖蒲」と漢字がある
  ここで申し上げたことは、一般に動植物名はカタカナでの表記が常識となっているなかで、当協会が「花菖蒲」とこの花を漢字で表記していることの理由です。以前から気になっていたことですが、大きな意味を含んでおり、当協会がまず認識すべき事柄のように思いますので、書いてみることにしました。

 ●節句の菖蒲の文化からはじまった花菖蒲の発達

 はじめに、この植物がなぜ今日のように改良され、「花菖蒲」という文字と、「はなしょうぶ」という読みを授かったのかについて、簡単にふれてみます。
 この花の発達には、サトイモ科の菖蒲(しょうぶ)の存在が不可欠でありました。大和時代に中国から菖蒲によって邪気を払う端午の節句の風習が伝えられたとき、朝廷はサトイモ科のこの草に「菖蒲」の漢字と「しょうぶ」の読みを与えました。しかし一般には、「菖蒲」と書き「あやめ」あるいは「あやめぐさ」と呼ばれました。そして草姿が似ており端午の節句の頃に咲くノハナショウブも「あやめ」や「はなあやめ」と呼ばれました。

 端午の節句は今では子供の日となりましたが、その昔は菖蒲が主役の菖蒲の節句でありました。平安時代には宮中で端午の日に菖蒲を用いたさまざまな行事が行われ、その後の武士の時代にも「菖蒲=尚武」の語呂合わせから武士の祭りとして盛大に祝われました。
 そして、このような古い時代からの風習の上に、江戸時代になって、端午の節句を祝う花として「花の咲くあやめ」である花菖蒲が改良されるようになりました。つまり、このあやめの文化無しには、今日の花菖蒲の姿はなかったと考えられるのです。「花菖蒲」の漢字は、古来のあやめ文化の上に出来上がったこの花の歴史を、明確に表しています。

 「花菖蒲」という漢字と「はなしょうぶ」という読みは、江戸時代中期の元禄年間頃にはすでに行われていたようで、菖翁の「花菖培養録」にも「花あやめ」と「花菖蒲」は分けられていることから、菖翁も花菖蒲は「はなしょうぶ」と呼んでいたようです。

●漢字表記にこだわる理由

 さて、こんにちでは、植物や動物などの生物の名称をカタカナで表記することは常識となっています。このため花菖蒲も「ハナショウブ」と表記されることが一般的です。
 しかし当協会では、昔から「花菖蒲」と漢字で表しています。ここがポイントで、これは、たまたまこう書いているわけではなく、これは「花菖蒲」の文字にこの花の歴史そのものが表されており、その伝統を大切に考えていることの強いこだわり、意思表示なのです。当協会が「日本ハナショウブ協会」であったら、当協会はこの花の文化的な価値をはじめから葬ったことになります。それではこの協会の意味がないと考えるから漢字で表記しているのです。

 1971年に平尾先生が「花菖蒲大図譜」を出された時も漢字で表記され、本文中の「花菖蒲」の漢字に、堂々とした風格を感じます。
 1975年に冨野先生が著したNHK「趣味の園芸作業12ヶ月シリーズ ハナショウブ」では、カタカナ表記でした。冨野先生は学者の立場から、また特にNHKには規則があり、カタカナ表記せざるを得なかったのだと思います。
 そして1999年にNHKから「人気品種と育て方「ハナショウブ(花菖蒲)」が出ることになったとき、NHKはカタカナ表記を迫りました。しかし、そのとき当園の社長の加茂が、それでは花菖蒲の文化的価値を抹消することになるので、カタカナで書かなければならないと言うならこのお話はお断りするとNHKの申し出を退けました。編集後期になり後には引けない状況でしたが、こればかりは譲れませんでした。それで、他のシリーズの手前表題だけはカタカナ書きになっていますが、それでも漢字が添えられ、中身はすべて漢字表記になったという経緯があります。そして昨年に出版された「世界のアイリス」でも、文化的なものとしてとらえている部分は、漢字表記としました。

 このように「花菖蒲」という文字からも、これまでの協会の先達が、この花をどうとらえてきたかがおわかりいただけるかと思います。学術的な立場の場合はもちろんカナ書きが適切ですが、一般的な植物名がカナ書きされるなかで、あえて漢字表記を通してきたのは、そこにこだわるべき想いがあったからなのです。

●花菖蒲の特異性を推し出す

 しかし、なぜ今漢字表記のことを言い出したかと申しますと、今後さらにこの花の文化的な価値をアピールしてゆくことが大切になって来るのではないかと考えるからです。
 もちろん、改良して新品種を生み出すことは絶対的に必須なのですが、花菖蒲は新しいこと、より派手なことを追及することだけが全てな植物ではないはずです。

 最近、花菖蒲を取り上げた出版物としては、講談社「花百科」2004年、NHK趣味の園芸2005年6月号、趣味の山野草2005年6月号などがありますが、これらの園芸誌でも花菖蒲の古典に注目しています。新花も登場するなかでのこうした現象は、この花の持つ日本の伝統が価値あるもとして認められたからにほかなりません。こうした部分が一般に受け入れられる時代になってきたということを、私たちは、逆に認め、重要にとらえ、さらに推してゆくべきです。

 今の時代は、花は一般には生活を彩るものであり、カラフルな花で色とりどりに庭を飾ったり、窓辺に置いて半年も楽しめる花鉢が人気の時代です。ですが、花菖蒲はもともとそういう性格は持っていません。栽培も比較的難しくコツがいりますし、咲いても三日でしぼんでしまいます。栽培される方が減っておられるのは、このような事情からも至極当たり前のことです。

 しかしこの花には、別の持ち味、他の植物にはない極めて興味深い点があります。その部分を見据え、その部分をさらに紹介することで、商業園芸とはまた別の土俵で展開させてゆくことが、花菖蒲の進むべき方向であると思います。

 そのためには、まず当協会が「日本花菖蒲協会」と、花菖蒲を漢字で表していることの意味をあらためて知っていただきたいと思いました。