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 花菖蒲の宝を守ろう
               
                
静岡県掛川市 永田 敏弘 

「明治神宮御苑花菖蒲図譜」
  古花の品種保存について、実際に保存すべき品種、また保存の意義について述べてみました。

●花菖蒲の古花とは

 花菖蒲の古花とは、江戸、肥後、伊勢の三系統の中で、戦前に作出された品種を指します。

 江戸系ですと、江戸時代末期頃から東京の掘切地方を中心に栽培され、こんにちでも明治神宮や掘切菖蒲園に植栽されているものや、一般にも広く普及している品種を指します。約150品種程度が1970年代には残っていましたが、今日、何品種が現存しているかは不明です。ほかに、戦前に神奈川県農業試験場 (現大船植物園)にて改良された大船系があります。

 肥後系では、明治時代に熊本の満月会が作出した多くの品種の内、約20数品種が一般に残されています。

 伊勢系では、戦前に三重県の松阪地方で作出された品種がおよそ50余品種程度、今日も同地域にて保存されています。

 長井古種は、記録文献がないため「古花」とは言い切れませんが、山形県長井市あやめ公園にて保存されています。

 下欄に掲げた品種が、保存すべき花菖蒲の古花として、最も重要な品種です。 

 そのほか、戦後の花菖蒲ブームを盛り上げてきた育種家たちの作出品種も、何らかの格好でまとめて保存しておくことが重要になりつつあります。光田義男氏の品種は、熱心な趣味家が保存されておられますが、ほかにも平尾秀一氏の品種など代表的なものはともかく、年々淘汰され減ってきていることが想像されます。そのほか、西田衆芳園の肥後系。富野耕治氏作の伊勢系。吉江清朗氏の江戸系、伊藤東一氏や押田成夫氏の作花など、そろそろ整理しておく段階に来ていると思います。
 なお、昭和末期以降の作出品種は、現在は淘汰段階と考えます。

 品種保存とは、これらの品種を蒐集し、正しい品種であることを鑑定して、十年、二十年あるいはそれ以上の年月を地道に栽培し、保存してゆく作業です。全てを一ケ所で長年というのは無理ですから、数ケ所で分担して行うのが理想ではあります。
 
●花菖蒲古花一覧

 各品種の花容説明は「花菖蒲品種総目録」をご覧ください。下記のインターネットサイトでも、大きなカラー写真、解説付きで紹介されています。http://www.kamoltd.co.jp/katalog/index.htm

○江戸花菖蒲古花
 ガーデンライフ誌1973年7月号「江戸花菖蒲古花一覧」「明治神宮御苑花菖蒲図譜」1962年を元に作成。現在、これらが全て残されているかは不明。大船系は省きました。

 鶴の毛衣、初 霜、玉 鉾、松ヶ枝、白竜の爪、万代の波、白 滝、佐野の渡、沖津白波
 峯の雪、群山の雪、座間の森、武蔵川、紫衣の雪、秦王破陣舞、深窓佳人、真鶴
 九十九髪、葵 形、奥葵形、葵祭、青海波、万里響、奥万里、大鳥毛、松葉垂、葵の上
 加茂川、浦安の舞、小町娘、三筋の糸、江戸錦、筑波根、蛇籠の波、神代の昔
 泉 川、照 田、五節の舞、昇 竜、雲衣裳、笑布袋、鶴鵲樓、三笠山、五月雨
 大江戸、雨後の空、四方の海、和田津海、白糸の滝、波乗舟、亀の井、煙夕空
 霞の森、浅妻舟、黒竜の爪、湖水の色、春日野、連城の璧、汐の煙、鏡台山、小青空
 八咫の鏡、蛇の目傘、古照田、明石潟、宇 宙、新宇宙、 江戸自慢、寛 政、初鴉
 大 淀、秀 紫、安 積、磯千鳥、縞菖蒲、麒麟角、王昭君、七 宝、五湖の遊、滋賀の浦波
 黒 雲、雲の上、鳳 台、鬼ヶ島、遊女の姿、子持熊、勇獅子、熊奮迅、古稀の色
 錦の褥、大鳴海、迦陵頻伽、鳴海潟、笑楽遊、鎌田錦、濡 烏、虎 嘯、翠 簾
 七小町、東 撰、都 巽、三歳松風、仙女の洞、藤 娘、萩の下露、濃仙女、御幸簾
 翳 扇、蝦夷錦、霓の巴、酔美人、鳳凰冠、日出鶴、燭光錦、七福神、猿 踊、沖千鳥
 立田川、御所遊、五月晴、紅葉の滝、長生殿、大 盃、酒中花、篝 火、桜川、淡仙女
 蝦夷桜、大和司、五三の宝、玉宝蓮、八重玉宝蓮、天女冠 八重勝見、夕陽、小紫
 大 紫、太平楽、朝神楽、伊達道具、花 錦、若 紫、佐保路、剣の舞、獅子怒、夕日潟
 花 笠、寛裳羽衣、十二単衣

○伊勢花菖蒲古花
 日本花菖蒲協会報 28号2000年「伊勢花菖蒲の古花」より

 明 石、朝日空、旭 丸、十六夜、五十鈴川、伊勢海、伊勢誉、薄化粧、落葉衣、乙 女
 桂 男、神路の雪、狩 衣、京舞子、銀沙灘、月宮殿、月 魄、九 重、五節の舞、小蝶
 早乙女、桜 狩、残 月、紫雲台、四海波A、四海波B、紫宸殿、紫撰集、衆指誉
 白 雲、白 滝、不知火、真如の月、瑞 兆、瑞 宝、涼 風、涼 波、龍 巻、夏 姿、浪花津
 羽 衣、羽衣の舞 白 鶴、花の司、春 雨、藤 代、藤 波、藤 袴、紅孔雀、宝 玉
 蓬莱山、松坂司、御代の春A、御代の春B、紫式部、桃の里、大和衣、夕 霧
    

○熊本花菖蒲古花
 日本花菖蒲協会報 特別号1983年「回想への招待」より明治時代頃に熊本で作出され、西田衆芳園によって昭和初期に一般に紹介された品種群で、現存するもの。

 暁 烏、百夜車、久 方、松 涛、三千年、観 月、香爐峯、佐野の渡、幾重の雪、梵 天
 興津波、磯打波、大 鳳、石 橋、籬島の月、玉洞、八 橋、紫溟の秋滝の瓔珞
 秋の錦、不知火、深芳野、舞子の浜、錦 木、東 雲、紅芙蓉
 
 (ここに記載した以外にも、現存する古花をご存知の方は、ご紹介いただければ幸いです。)
「特別展掘切菖蒲園・葛西花暦」図録

●現状と協会の役割

 さて、花菖蒲の品種を多く保持しているのはやはり全国各地にある花菖蒲園で、花菖蒲園では園を構成するためにさまざまな品種を保有していますが、品種保存を目的として植栽している園は少数派と考えて良いと思います。
 しかし、名札を立てきちんと整理し、長年新規に品種を導入することもなく栽培しておられる園も少なからず存在し、こういう所では、盛んに品種改良を行う園よりも、はるかに古い品種が残されています。特に昭和四十年代頃までに造成された園は貴重です。
 また、花菖蒲園で保存しにくい肥後系などは、少数の熱心な個人趣味家の愛培によって、品種が保存されています。
 このように花菖蒲の品種は、現状として花菖蒲園と、個人趣味家の間で保たれています。しかし、保存の重要性を理解し積極的に取り組んでいると言うのとは、やや異なるようです。
 ですから協会としては、保存に協力してくれる園や個人が一ケ所でも増えるよう、今ある品種を絶やさぬよう、花菖蒲の品種の保存が重要だということを認識して、この花に関する文化的な情報部分を把握し、旗振り役として事あるごとに外部に働きかけることが大切です。
 そういう気分を盛り上げ、書籍やTVなどのメディアを通して花菖蒲の魅力を紹介することで、一般にも花菖蒲がこういうものだということを、その保存が大事だということを訴えてゆく。それに感化された組織なり個人なりが、この花の保存に興味を持つようになれば良いのです。

 そのためには、この花の魅力を紹介することが出来るよう、まずこの花について多くのことを学ばなければなりません。何年も何年も花を見て、花菖蒲の美しさの瞬間を肌で覚えて、この花の歴史や文化、そして背景にある日本の文化、美意識を理解し、それを自分の言葉にして伝えることができる力を身につけることが必要です。

 花の写真にしても全く同じで、そういうことを知った上で、花に対する愛情や感動を写すから、プロの写真家にも真似のできない 「本物」 が撮れる。それを紹介することで、花菖蒲の魅力を伝えることができるのです。

●なぜ保存が大切か

 しかし、そもそもなぜ古い品種の保存が大切なのでしょうか。新花に比べ一見地味で、長年の栽培により個体自体が衰弱し、性質が弱くなっている品種が多いのに、なぜそれをわざわざ保存しなければならないのか。
 それは、まず一つめに花菖蒲が伝統的な植物であるからです。古花の存在はその象徴であり、すでに百年以上の歳月を生きている花たちが、今後百年二百年と残っていくことは、日本の国の園芸の文化的な遺産となつていくことは間違いのない、まさに花菖蒲の宝であるからです。

 そしてもう一つは、これらの花が実に、本当に美しいからです。一見地味かもしれませんが、今の私たちには作ることの出来ないような研ぎ澄まされたセンスの良さ、汲めども尽きない含蓄を備えています。その美しさを理解し、美しさを反映させた改良を行ってゆくことがこの花の育種です。良い花とは何か、それを真撃に学ぶ手本としても、古花の存在は重要なのです。

 この近年における品種保存の流れは、当協会の三池理事が、1970年頃から平尾秀一氏の指示のもとに品種保存を行いはじめられ、1991年の会報第21号にて、それまでの流れと品種保存の重要性を示された頃からスタートしたと言えます。 
 翌92年の第22号では、加茂元照氏が松平芭翁の 「花菖培養録」を現代語に訳し、菖翁花をはじめとした古花の魅力と保存の大切さが認識されはじめました。
 そして1995年には葛飾区の郷土と天文の博物館で 「特別展掘切菖蒲園・葛西花暦」が催され、三池氏が協力され、そのとき同博物館が発行した図録により、古花保存の重要性がいっそう強く認識されました。

 その後も年を追うごとに、当会の会報や一般の書籍などの印刷物によって古花のことが紹介されたり、古文献の訳出などが行われ、古い時代からの花菖蒲がどのような歴史をたどつて今日に至ったかがつかめてきました。そしてこれらの情報を、普及しはじめたインターネットでも、98年頃から詳しく紹介してゆきました。

 そして今日では、一般の園芸誌でも花菖蒲の古花と文化のことがよく取り上げられ、一般の人たちにも、より文化的な植物で為るという紹介がされるようになつてきました。これは、これまでの 「族振り」 の成果であり、今後もこの方向をさらに推し進めてゆけば良いと感じております。 古花の保存とその紹介は、古花の美しさが花菖蒲の美の原点であるという思いと、そして、今後の園芸界のなかで、花菖蒲がどうしたら存続していけるかを考えたとき、自ずと導き出されてきた一つの答えでありました。